もうすぐパリオリンピック・パラリンピックが開催されますが、昨年、国際オリンピック委員会(IOC)が世界大会を開催した「eスポーツ」が、今後正式に五輪種目として採用される可能性があることをご存知でしょうか。今回は、そんな近年話題のeスポーツを学校教育に取り入れた山本昌平先生(大阪市総合教育センター指導主事)に、国際理解教育/開発教育におけるeスポーツの可能性についてお話しを伺いました。

▼目次

  1. 多様性の時代におけるeスポーツの可能性
  2. 「ゲームは文化の壁を越えるのか」
  3. eスポーツで実現する価値観のアップデート
  4. 0→1の実現には、周囲との連携が必要不可欠!
  5. 学びと共創で切り拓くミライの教育

1. 多様性の時代におけるeスポーツの可能性

Q. はじめに、学校教育にeスポーツを導入した背景と目的について教えてください。

A. 学校教育にeスポーツを導入した背景には、いくつかの要因が重なっています。まず、コロナ禍でオンライン授業の必要性が高まりましたが、当時大阪市立新巽中学校には十分な端末がありませんでした。そんな時に幸運にもGoogleから240台の端末を1年間貸与されることになり、さらに学校で独自にWi-Fiを設置する予算も確保できたのです。

しかし一方で、端末を導入することに対して、「子どもたちがゲームをするからダメだ」「動画ばかり観るようになってしまうのではないか」などの批判的な声も上がりました。言葉だって使い方を間違えれば人を傷つけることがあるように、端末も使い方次第で有益にも有害にもなります。端末が有益に使えることを示すために、批判を受けやすいゲームを学校で取り入れ、その正しい使い方が学びにつながることを証明し、端末も同様に有益に使えることを示そうと考えました。  
eスポーツの効果は他のスポーツと同様に、国籍や言葉の壁を越え、コミュニケーションが促進されることです。また、ジェンダーや障がいの有無、年齢など関係なく参加者全員が平等に参加できる活動なので、より良いコミュニケーションを生むのではないかと考えました。多様性の時代の中、ゲームが得意な生徒が評価される環境を作ることで、さまざまな個性が認められ、生徒の興味や才能が正当に評価される学校文化を醸成したいという思いもありました

こういった背景のもと、韓国大阪青年会議所・NPO法人多文化ふらっと・生野区役所と協働して、大阪市生野区という60か国以上の外国ルーツをもつ人々が暮らす多文化共生の町で「e-Sports × 多文化共生」をテーマとするイベントを開催しました。

2. 「ゲームは文化の壁を越えるのか」

Q. イベントの時の生徒や参加者の様子についてお聞かせください。

A. このイベントのテーマは「ゲームは文化の壁を越えるのか」でした。近隣校の泉佐野市立新池中学校の生徒会や、近くの高校生、留学生、地域の子どもたち、生野区の区長までもが参加するという、非常に大規模なイベントとなりました。国籍や年齢、性別、立場など、あらゆる垣根を越えた交流があちらこちらで同時多発している状況で、自然とハイタッチが起きたり、円陣を組んだり、どのチームも積極的にコミュニケーションを取る様子がうかがえました。ランダムに編成されたチームの中で、それぞれの得意不得意を補い合い、ゲームの中で役割分担をしながら勝利という共通の目標に向かっていく姿はまさに「文化の壁を越え、手を取り合う姿」そのものでした。

また、当日の運営も生徒が中心となっておこなったのですが、当事者意識を持って運営に取り組むことで、リーダーシップや困難に立ち向かう力など、数字で測ることの出来ない人としての力を育むことができたと感じています。学校でのeスポーツ大会の運営は前例がなく、全て0から作り上げていくため、非認知能力の育成にも非常に効果的だと感じました。従来の運動会や文化祭などの行事とはまた少し違った、教育的な価値があると思っています。

ゲームは豊かなコミュニケーションを生み出し、文化の壁を越える優れた手段であることがわかり、あらためてeスポーツの教育における可能性を実感しました。

3. eスポーツで実現する価値観のアップデート

Q. 学校教育におけるeスポーツの活動は、国際理解教育/開発教育にどうつながるとお考えですか?

A. 私は国際理解教育/開発教育において、”わからないから不安なこと” “知らないから避けていたもの” についての価値観を捉え直す経験が最も大切だと考えています。他者とつながり生きていく中で、人はどうしても偏った視点が生まれてきてしまいます。その偏った視点を取り除く経験を、教育の場で提供していきたいとずっと考えてきました。「多様性を認め合いましょう」と言葉にするのは簡単ですが、実現するのはなかなか難しい点もあると思います。だからこそこういった経験を通じて、自分の価値観をリセットする機会を提供することは、国際理解教育/開発教育において非常に効果的なことであると考えています。

よく知らないもの=悪という構図が人に置き換えられたとき、それはとても差別的な事象を生んでしまいます。教育において「悪」と捉えられがちなゲームですが、使い方次第で学びを生むことができるということを、eスポーツを導入したことによって証明できました。このように、様々なものに対してその価値を認め合える心を醸成していくことが、私が国際理解教育/開発教育において実現していきたいことです。

また、前にも述べた通り、eスポーツは非認知能力の育成にも効果的であると感じています。新しいことに挑戦していく中で、難しさや課題などを乗り越えながら他者とのつながりが生まれていくことは、国際理解教育/開発教育においても重要な意味を持つと思います。

自分の価値観や文化を大切にしていくことは絶対に必要なことです。ですが、これからの時代を生きる子どもたちには、自分の価値観を持ちながらも変わりゆくものを受け入れ、新しいものに蓋をしない生き方をしてほしいと願っています。時代が変わる中で、変化を恐れずに柔軟なマインドを持つことが重要と考えています。この力は、世界が抱える様々な問題解決のためにもつながってくると思います。

子どもは大人よりも変化に柔軟です。変化に弱いことが現代の学校現場の課題の一つですが、そんな子どもの様子から、教師である大人もその影響を受けて価値観を変えていくことができるのではないでしょうか。

大阪市立新巽中学校で開催されたeスポーツ大会にて、近隣校の生徒や子ども、生野区長などの大人が一緒になって真剣にeスポーツに取り組む様子。

Q. eスポーツを通じた国際理解教育/開発教育の実践に関するアドバイスやヒントがあれば教えてください。

A. 今、外国につながる子どもは全国で約13万人おり、どこの自治体でも日本語指導が必要な子どもたちは増加傾向にあるのではないでしょうか。また、ゲームをやったことがない世代もないように思いますので、外国につながる子どもとの交流手段の1つにeスポーツを取り入れるのも良いのではないでしょうか。例えば、日本語が使えなくても楽しめるゲームでeスポーツ大会をやることで、そのゲームを通して参加者同士がコミュニケーションを図ることが期待されます。イベントとして開催する際は、eスポーツの実施だけでなく、やさしい日本語を使ってお互いの国の文化を紹介する時間や、伝統衣装を着る機会などを設けると、より教育的価値が生まれるのではないかと思います。

何事も新しいことに挑戦する際には不安が付き物です。一歩踏み出す勇気を持つためにも、同じ志を持つ仲間と一緒に取り組むことが大切だと思います。また、一つのことを成功させるためには、複数の要素を組み合わせる方が効果的です。eスポーツの導入にあたっては、できるだけ多くの協力者や団体など、学校の外部の人たちと連携し、さまざまな異なる視点を取り入れることで、提案がしやすくなるのではないでしょうか。学校や生徒の課題解決のためにeスポーツが活用できないか考えると、その道筋が見えてくるかもしれません。長く続く学校の仕組みを変えるには、より大きな構想とタイミングを見計らった連携が重要だと私は考えています。

5. 学びと共創で切り拓くミライの教育

Q.山本先生の今後の展望についてお聞かせください。

A. 現在私は市の教育センターに勤めており、これから広めていきたい活動が2つあります。
1つは地域と学校をつなぐ取り組みです。これまでにも大阪市ではeスポーツイベントをはじめ、学校と地域をつなぐさまざまな活動に取り組んできましたが、最近は大学進学の選択肢に海外の学校を選択する生徒が出てきたり、卒業しても地域の多文化共生イベントに参画する生徒が出てきたりと、願う姿を見てとれることが増えたように感じています。
これまでの活動から、探究的な学びが生徒や先生に与える影響は大きいと考え、さまざまな切り口から地域と協力して何かを成し遂げる活動を広げていきたいと思っています。特にこれからは企業と学校をつなぐ仕組みを取り入れられたらと考えており、私自身が教育界の「マッチングアプリ」のような存在になりたいと思っています。

今は大阪万博の開催に伴い、「いくのパーク」にて多国籍の食文化を体験するイベントを企画しています。「万博に行きたくなる」そして「子どもたちが万博後のことを考え、学び、気づく」場をつくろうと企画しています。実はこの企画には、eスポーツ大会の運営を中心となっておこなった生徒たちと、その運営に携わった大人たちが関わっています。このようなつながりが子どもと大人の双方に生まれ、未来を共に考える。それこそが地域と学校がつながることの一番の願いです。お互いの思いが重なり、これからの未来をつくる原動力になると感じています。

もう1つは、教員が自ら積極的に学べる環境を作ることです。私は2022年にJICA教師海外研修(教育行政コース)に参加しましたが、そこでエジプトの教育を見たとき、先生方が0から1を生み出そうとしている姿に強く胸を打たれました。何もないところから問いを立て、自分たちの生活ともすり合わせながら、新しいものを形にしていく姿を見て大きな学びになりました。自分から挑戦したことに対する学びのインパクトは、受動的な学びと比べたら大きいと思っています。今後、教員が自ら選択して学べるような仕組みを作っていけたらと考えています。

2022年度JICA教師海外研修(教育行政コース)の参加者と、エジプトのピラミッド前にて。

語り手

山本 昌平 先生 
大阪市総合教育センター指導主事
2022年度JICA教師海外研修(教育行政コース)参加者

編集後記

eスポーツを学校現場で導入した事例や背景、その様子などについて伺うことで、未来の教育においてeスポーツが持つ可能性を感じました。変化の激しいこの現代において、近い将来、山本先生が実施されたeスポーツイベントが、運動会や文化祭などと同じように学校教育の現場で取り入れられる日が来るかもしれません。大人である私たちも、変わりゆくものを受け入れ、柔軟なマインドを持って生きていきたいと感じました。


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