「食」は、私たちにとって最も身近なテーマの一つです。最近では、米不足や物価の高騰など、私たちの暮らしにも直結する話題が増えています。そこで今回は、「食」を切り口に、家庭科の授業にて開発教育の実践を行なった安藤頼子先生(栃木県宇都宮市立ゆいの杜小学校 教諭)の実践をご紹介します。毎日の食事から、世界とつながる視点を育てる授業のヒントをお届けします。

▼目次

Q. この授業を実践しようと思ったきっかけや背景について教えてください。

2019年にJICA教師海外研修(一般コース)でネパールに行かせていただいたのですが、その時の学びを継続して現場で生かしたいという思いをずっと持っていました。しかし、周りに開発教育の実践をしている先生が少なく、一人で取り組むのが難しいと感じていたところでした。そんな時にJICA国際理解教育/開発教育指導者研修の存在を知り、参加を決めました。

当初は6年生の社会の授業で開発教育を取り入れたいと考えていましたが、地理や歴史に関わるもので、小学生向けの実践としては少し難しいかもしれないとアドバイスをいただき、別の切り口を探すことにしました。そんな時に見つけたのが、アメリカの写真家グレッグ・シーガル氏によって世界の子どもたちの食卓を紹介した写真集『Daily Bread』でした。写真を通して、食にはその国の暮らしや文化が表れること、そして子どもたちにもなじみがあって興味を持ちやすいテーマであることに気づきました。以前家庭科の授業でネパールカレーを調理した際に子どもたちの反応がとても良かったことも思い出し、「食」をテーマに選びました。

食べることは私たちの生活と切り離せない営みであり、同時に環境や流通、社会構造といった地球の課題とも密接に関わっています。健康的な食生活について考えるだけでなく、持続可能な社会づくりに向けて「自分には何ができるか」を考える視点を育てたいという思いから、この授業を組み立てました。

2. “ジブンゴト”として捉えるために

Q. 授業の中で特に大切にした視点や工夫した点は何ですか?

授業の中で最も大切にしたのは、子どもたちが「自分と世界のつながり」に気づく仕掛けをつくることでした。そのため、写真集『Daily Bread』の使い方は特に工夫しました。最初から写真を見せるのではなく、まずは国名と地域だけを提示して「この子はどんな食事をしていると思う?」と予想させました。子どもたちは、例えばブラジルの先住民族の子どもに対して「虫を食べていそう」「偏った食事をしていそう」といった意見が出ましたが、健康的でバランスの取れた食事をしているのを見て驚いていました。また、日本以外の国でも日本にいる自分たちと同じものを食べていることや、食事に関して共通するところを見つけ、“食のグローバル化”について考える視点も生まれました。クッキーや炭酸飲料、ピザやパスタなど、子どもたちにとってもなじみのある食品が複数の国で食べられていることに気づき、「このお菓子食べたことある!」と声を上げる子もいました。

また、給食調理員の方の協力のもと、実際に給食の残飯がどのように集められ、処分されているのかを子どもたちに見せる機会を設けました。残った食べ物がゴミ袋に詰められ、ゴミ処理場に運ばれていく様子を目にした子どもたちは、その現実を知って言葉を失い、驚いた表情を浮かべていました。その後の話し合いでは、「食べられる分だけよそう」「残さず食べよう」といった声があがり、自分たちの行動が環境にもつながっているという実感が、子どもたちの中に芽生えたことを感じました。これらの体験を通して、地球環境と日々の選択のつながりを”ジブンゴト”として感じられるように意識しました。

3. ここから始まる小さな一歩

Q. 授業中や振り返りの中で印象に残っている児童の反応や気づきがあれば教えてください。

授業の振り返りでは、「地球の健康と食事は思ったより身近でびっくりした」「世界中の人たちが残さず食べたり、自分たちの国のものを食べたりすれば、地球は助かると思った」といった声が上がりました。食品ロスやフードマイレージといったテーマを扱ったことで、「遠くの国から運ばれてくる食べ物よりも、地元で作られたものを食べたい」「地球の健康を考えて、できるだけ国産のものを選びたい」「自分でも野菜を育ててみたい」といった自分たちの行動を変えていこうという前向きな意識が芽生えていたのがとても印象的でした

また、「手作りの食事ってやっぱりいいんだね」という感想が多く出ていたことも心に残っています。普段はコンビニやスーパーのお惣菜を口にする子どもも多いのですが、授業を通して「加工品ばかり食べるのではなく、自分で作ることが環境にもいいんだと気づいた」といった前向きな声が出ていました。こうした感想から、単に知識を得るだけでなく、自分たちの暮らしを振り返り、何を選ぶかを主体的に考える姿勢が育っているのを感じました。

特に印象深かったのは、食物アレルギーを持つ子どもが「何を食べるかを自分で考えて選ぶことが大事だとわかった」と書いてくれたことです。その子は普段から食に対する意識が高いのですが、今回の授業を通して“食べるという選択が社会や環境とつながっている”という新しい視点を持てたのではないかと思います。子どもたち一人ひとりが、自分の暮らしと地球の課題を結びつけて考えられたことが、何より嬉しい成果でした

Q.  授業を振り返って、課題や難しさを感じた点、今後改善したいことはありますか?

一番の悩みは、どこまで踏み込むかのさじ加減でした。食というテーマは身近である一方で、文化や家庭の事情が深く関わっていて、とてもパーソナルなテーマでもあります。アレルギーや家庭の方針、経済状況など、多様な背景を尊重しながら問いかけるには配慮が必要でした。

また、取り上げた国がアメリカ・インド・イタリア・ブラジル・セネガルの計5か国と多かったため、どうしても後半が駆け足になってしまいました。次に実践する際には、国を3〜4か国程度に絞り、ひとつひとつをより深く扱えるようにしたいと考えています。

5. 教室と世界をつなぐ新たな挑戦へ

Q. 今後、国際理解教育/開発教育を進めていく中で、どのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか?

今年度は4年生の担当なので、4年生向けにこの授業をアレンジして実践したいと考えています。この時の授業は家庭科の単元を通して取り組みましたが、今後はこうしたテーマを一度きりの活動にとどめず、年間を通じて繰り返し触れられるようにしていきたいです。日々の学びや学校生活の中で、子どもたちが「これは自分に関係あることなんだ」と少しずつ意識を深めていけるような継続的な仕組みをつくれたらと思っています。

また、次はJICA国際協力オンライン出前講座を活用して、オンラインで海外の学校や子どもたちとつながる授業を実践してみたいと考えています。現地の子どもたちと交流する機会があれば、写真や教材だけでは伝わらないリアルな声に触れることができますし、「世界は遠いところではなく、私たちの暮らしとつながっている」と感じてもらえるはずです。
こうした取り組みを通して、子どもたちが「自分も世界の一員としてできることがある」と思えるような学びを、これからも模索していきたいです


この記事でご紹介した授業の学習指導案は、以下よりご覧いただけます。
▶︎ 学習指導案(PDF)を読む

安藤 頼子 先生 
栃木県宇都宮市立ゆいの杜小学校 教諭
2023年度JICA国際理解教育/開発教育指導者研修 参加
2019年度JICA教師海外研修(ネパール)参加

JICA教材の紹介

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■ つながる世界と日本
食について、開発途上国と日本とのつながり、SDGsや国際協力について、
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■ 僕ら地球調査隊〜世界の食料
地球規模の課題である食料問題について、マンガを読みながら学ぶことができます。

■ 実践事例・学習指導案
過去にJICA教員向け研修に参加された方などの取り組みを掲載しております。

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編集後記

「食」は誰にとっても身近で、毎日当たり前のように関わっているものだからこそ、一人ひとりの選択が未来を変える力を持っています。そんな「食」を通して世界を見ることで、地球規模の問題もグッと身近に、ジブンゴトとして感じられるのではないでしょうか。どの教科でも、どの年齢でも、「自分には何ができるか」を問い続けることができるテーマ、それが「食」であると感じました。だからこそこれからも、「いただきます」のその先を、考え続けていきたいなと思います。


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