
JICA中国では、開発途上国のおかれている現状や国際協力について理解を深めることをねらいとした「高校生国際協力体験プログラム」を実施しています。今回のコラムでは、プログラム担当者の佐藤萌夏さんに、高校生の未来への「種まき」となるプログラムの魅力について詳しくお話を伺いました。
▼目次
- 1. 国際協力の担い手育成 視野を広げる3日間
- 2. 主体性が育つ「なりきり」体験のデザイン
- 3. 「出会う」ことで広がる未来
- 4. 学校教育への応用 ―多様な視点と挑戦のヒント
5. より良い未来に向けての「種まき」
1. 国際協力の担い手育成 視野を広げる3日間
Q. このプログラムは、どんな思いやねらいをもって企画されたものですか?
約30年続くこのプログラムは、時代の変化に応じてその目的も進化してきましたが、現在、主に二つの視点を高校生に提供することを意図しています。
一つは、国際協力の担い手としての視点です。国際協力に関心のある高校生にとって、「開発途上国の課題は何か」、「その課題をどのように解決すべきか」を具体的にイメージするのは簡単ではありません。そこで、実際に開発途上国で活動したJICA海外協力隊の経験者と一緒に開発途上国の課題を考え、課題解決のアクションプランを練ることで、海外での活動イメージを持ってもらい、将来自分がどのような立場で国際協力に関わることができるかという視野を広げてほしいと考えています。
二つ目は、進路・キャリア形成の視点です。プログラムを通じて、高校生は様々な分野で働く大人(講師陣)と関わります。これらを通じ、「将来どんなことに携わりたいか」「そのために大学などで何を学ぶべきか」といった具体的な進路や職業について考えるきっかけを得ることにもつながればと思っています。
Q. 実際には、どのような内容でプログラムが進められているのでしょうか?
プログラムはJICA中国センターを舞台に2泊3日で行われ、「ユースJICA海外協力隊」をテーマに掲げています。実際にJICA海外協力隊として活動するとはどんなことなのかを、参加者自身が短期間で“協力隊員になりきって”体験することをコンセプトとしています。
1日目は、派遣前の訓練を模したプログラムから始まります。まず、国際協力の全体像を学ぶ講義があり、その上で異文化理解をテーマにしたワークショップを行います。「Bafa-Bafa」※というワークショップでは、2つの異なる文化を体験します。このワークで重要なのは、それぞれの文化を体験することで想起される、自分自身の感情を認識することです。高揚感・混乱といった様々な感情が生まれた時、その文化の良し悪しを超え、それを自分自身がどう理解し、感じるかをみんなで共有します。夜のセッションではJICA留学生との交流もあり、留学生の国について質問をしたり、その国の文化について聞いたりするなど、実際に異文化に触れる機会も提供しています。留学生との交流は全て英語で行われますが、英語力に自信がなくてもジェスチャーなどを駆使してコミュニケーションに挑戦します。これは、「英語が通じなくても思いは伝えられる」という体験を通じ、新しいことに挑戦する心理的なハードルを下げるという狙いも持っています。
2日目は、ユースJICA海外協力隊として架空の村に派遣されます。はじめに、講師の協力隊経験者から、現地で直面した課題やそれをどう乗り越えたかについて話を聞きます。その後、参加者は架空の村において、講師陣が演じる村人や行政職員などにヒアリングを行い、村の人々との関係構築や課題の発掘を行います。ここでは専門的な手法を学ぶというよりも、地域に入って課題解決のためにどういう手順を踏むべきか、どういった点に気を配るべきかを学ぶことに重点が置かれています。その後、それぞれが得た情報をもとに、各グループで課題を整理し、解決に向けた議論を行い、アクションプランを作成します。
3日目は、グループで作成したアクションプランの発表を行います。課題発見から提案までの一連の流れを体験することで、課題解決のプロセスを自ら考え、形にする学びにつなげています。

※Bafa-Bafaとは、異文化理解を深めるための異文化体験シミュレーションです。参加者は、文化や価値観の異なる2つの架空の国に分かれ、それぞれの国のルールや習慣に従って交流を体験します。相手国の「使節団」を派遣するなどして交流を深め、異文化に触れた際の戸惑いや発見を疑似体験し、異文化間能力を育むことが目的です。
2. 主体性が育つ「なりきり」体験のデザイン
Q. 高校生が主体的に考え、学びを深められるようにするため、どのような仕掛けや工夫をしていますか?
まず、異文化理解のワークショップ「Bafa-Bafa」や留学生との交流を通して参加者の興味関心をつかみ、「異文化を理解するって面白いよね」というワクワクする感情を引き出す仕掛けが1日目に用意されています。 そして、開発途上国のリアルな温度感をイメージしてもらうためにも、講師はJICA海外協力隊経験者の中でも、帰国後にNPO法人で活動したり、日本語教師として活動したりと、現在も開発途上国の方々と業務上のつながりを有している方々に担当してもらっています。これが参加者にとって、多様なキャリアがあることを知る機会にもつながると思いますし、異なる職業や活動をしている方たちから話を聞くことで、国際協力への携わり方は一つではないという幅広い視野を持ち、キャリア選択についての理解を深めることにつながっているとも思います。
これらのインプットを経て、実際に課題解決に向けたグループワークに取り組みます。約40名の参加者は5〜6名のグループに分かれ、各グループにはファシリテーターとして中国5県の国際協力推進員等が参加しますが、大人の介入は最小限に抑えられています。ワークの進め方やまとめ方は基本的に高校生主体で決定し、ファシリテーターは要所要所での問いかけのみ行うことを意識しています。それは、このプログラムの目的が「正解を出すこと」ではないからです。参加者が導き出した結論がどのようなものであれ、彼らが自分たちで考えるそのプロセスにこそ意味があるという考え方に基づいています。これは、参加者が「自ら主体的に関わることの面白さ」を知り、自主性を育むことにつながっています。

3. 「出会う」ことで広がる未来
Q. 参加した高校生たちは、どのような気づきや学びを手に入れていますか?
一つは、幅広い視点です。参加者は1日目の講義で、国際協力が単なる支援ではなく、日本の発展に必要であり、自分たちにも関係があるという多角的な視点を学びます。また、開発途上国のリアルを知る講師や参加者同士の関わりの中で、それぞれが多様な価値観を持っており、一つの課題にも多様な見方があることを実感します。これによって国際協力への関わり方が明確に見えてくる生徒がいる一方、「関わり方は一つではない」という多様なロールモデルを学び、進路を一つに絞らなくてもいいという気づきを得る参加者もいます。
二つ目は、ネットワークの形成です。2泊3日を共に過ごす中で、違う学校・学年の生徒と出会い、つながるのはもちろんのこと、「学校の中では国際協力に関心がある同級生が多くない」と感じる高校生たちにとって、国際協力や世界の問題に関心を持ち、行動したいという同じ思いを持つ仲間との出会いは大きな意味を持ちます。
また、NPO職員や日本語教師、JICA関係者など、多様なキャリアを持つ関係者と個別につながる機会も生まれます。参加者は彼らから「大学で何を学ぶべきか」「社会でどのように国際協力に関わるか」といった実践的なヒントを得て、進路選択に役立てています。
実際に、プログラムに参加後、高校生のうちに留学を経験したり国際交流に取り組んだりする事例や、大学で国際協力分野の勉強を進めたりといった、将来のキャリアにつながる変化も報告されています。

4. 学校教育への応用 ―多様な視点と挑戦のヒント
Q. このプログラムで大切にしている工夫や考え方は、学校での授業や開発教育の取り組みにどのように生かせると思いますか?
このプログラムでは、いくつかの点で学校現場にも応用できる工夫があると感じています。
まず一つ目は、多様な視点で課題を考える力を育むという点です。プログラムでは、異なる専門性や経験を持っている講師陣が参加しており、同じ課題でも多様な事例や意見が出てきます。そのため、参加者も「課題の見方は一つではない」ということを自然に学んでいきます。こうした異なる視点から課題を捉える学びは、学校での探究活動にも通じると思います。
二つ目は、自分が主体的に関わる面白さを実感できる点です。JICA海外協力隊になりきって課題解決に挑むワークショップでは、参加者が中心となって活動の進め方について決め、仲間と協働しながら進めていきます。その経験を通して、「自分が関わると何かが変わる」「参加すること自体が面白い」と感じるようになります。こうした当事者意識と成功体験は、授業や開発教育の取り組みでも生かせる部分ではないでしょうか。
三つ目は、挑戦のハードルを下げる工夫です。たとえば、留学生との英語での交流では、英語が得意ではない生徒も、ジェスチャーや表情で思いを伝えることに挑戦します。そうした体験を通じて、できないと思っていたことにも楽しみながら挑戦できるようになります。こうした心理的なハードルを下げるような活動のデザインは、学校の授業の中にも取り入れられると思います。
5. より良い未来に向けての「種まき」
Q. 読者のみなさんへのメッセージをお願いします。
このプログラムは、国際協力への第一歩としての「種まき」の場だと考えています。将来、必ず国際協力の道に進んでほしいというよりは、「世界と関わるのは面白い」と感じる体験の機会を届けることを大切にしています。
今後は、プログラム後のフォローアップをより充実させていきたいと考えています。2泊3日の中だけでは参加者の変化を追いきれないため、プログラムから数か月後に「オンライン同窓会」のような場を設け、参加者同士で体験を振り返る機会をつくりたいと思っています。昨年度は、同窓会の場にJICAの大学生向けプログラムに参加した学生も招き、交流してもらうことで、高校生にとって“少し先の自分”を想像できる機会を提供しました。今後も、高校生が多様な価値観に触れ、心が動く瞬間を大切にできるような学びの場を、緩やかに続けていきたいと思います。
そして、国際協力に関連する知識そのものではなく、多様な学び方とその面白さを知ってもらうような機会を提供していきたいと思います。そして、参加者がふとした瞬間に感じる「面白さ」や「ワクワク」を周りの大人がしっかりと拾い上げ、共感する仕組みをこれからもプログラムに取り入れていきたいと思います。国際協力に関心があるけれど、「何から始めていいかわからない」と感じている高校生は多いと思います。JICA高校生国際協力体験プログラムは、まさにその一歩を踏み出すための非常に良い機会です。
このプログラムを体験し、心に蒔かれた種が、いつ、どのように芽吹き、どのような将来につながるかは人それぞれです。大学進学や社会人になってから、ふとした瞬間にこの体験を思い出してもらい、それが何かのきっかけになればうれしいです。高校生にとって、こうしたプログラムに参加することは最初は緊張するかもしれませんが、世界をより良くしたいという同じ志を持つ仲間と一緒に時間を過ごすことは面白く、新しい視点にたくさん出会えるはずです。あまり構えすぎず、関心があればぜひ参加いただきたいと願っています。

『JICA中国 高校生国際協力体験プログラム2025』の概要等につきましては、JICA中国ホームページおよび同ページにあります募集要項をご参照ください。
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語り手

佐藤 萌夏 さん
JICA中国 市民参加協力課
編集後記
遠く感じがちな世界の問題を、生徒が「ジブンゴト」として捉えるには、知識のインプットだけではなく、心を動かす体験が欠かせません。JICA中国 高校生国際協力体験プログラムは、まさにその未来への「種まき」を担う場です。このプログラムの体験を通して生徒たちは、世界と私たちは繋がっているという事実を肌で感じます。そして、課題解決に向けて仲間とアクションプランを創り上げていくことで「自分の行動で未来を変えていくことができる」という確信を得ていきます。この体験が、生徒たちの未来に芽吹く「種」となり、やがて大きな成長へとつながるはずです。生徒たちの「面白そう!」「やってみたい!」という声を、ぜひ先生方の力で、世界への第一歩へと導いていただければ幸いです。
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