
愛知県名古屋市では、9月19日から10月4日までアジア競技大会が、10月18日から10月24日までアジアパラ競技大会が開催されます。多様な国や文化を背景に持つ人々が、同じ競技に真剣に向き合うスポーツには、違いを超えて人と人をつなぐ力があります。学校で取り組まれる体育は、国際理解教育/開発教育とどのように結びついているのでしょうか。今回は、2025年度にJICA中部の教師海外研修でネパールを訪れた垣内望花先生(愛知県小牧市立味岡中学校 教諭)に、保健体育科における国際理解教育/開発教育の可能性についてお話を伺いました。
▼目次
- 1. 道具より先に必要だったもの ―ネパールで見た体育
- 2. 知ることから始まる世界
- 3. 体育がひらく国際理解教育/開発教育の可能性
- 4. 保健体育の挑戦 ―ウェルビーイングとスポーツの起源
- 5. 愛知・名古屋 アジア競技大会・アジアパラ競技大会への期待
1. 道具より先に必要だったもの ―ネパールで見た体育
Q. ネパールでの教師海外研修では、JICA海外協力隊が担当する体育の授業も見学されたそうですが、その時に感じたことや、研修全体を通して印象に残っていることを教えてください。
現地では首都カトマンズ近郊のパタン高等学校(高校3年生相当までの12年制)の6年生児童の体育の授業を見学させていただきました。その際にまず印象に残ったのは、道具が十分に揃わない状況でした。しかし、それ以上に強く感じたのは、道具を使う「場所」が整っていないという現実でした。協力隊の方にお話をうかがうと、「まずグラウンドを作るところから活動を始めた」とおっしゃっていて、大きな衝撃を受けました。
支援というと、ボールなどの道具を送ることがまず思い浮かびます。しかし実際には、道具があるだけでは授業は成り立ちません。使える場所、活動できる環境があってはじめて、道具は意味を持つのだと実感しました。そもそも「体育」という授業自体が存在していなかった地域で、体育という時間そのものを一から作り上げていく過程をうかがう中で、道具だけがあっても、場所だけがあっても不十分で、両方が「整っている」ということが、授業を成立させる上でいかに重要かを強く感じました。
また現地では、言語教育などと比べて、体育の優先順位が高くないという話もありました。それぞれの国の事情の中で優先順位が決まってくるのは当然のことだと思いますが、私自身は、日本の教育課程が目指す「生涯スポーツ」、つまり一生涯にわたって健康に体を動かし続けるという考え方を大切に、授業を行っています。生きていく上で健康について学び、健康であるために体を動かすことの大切さを伝えていくことは、とても意義のあることだと思います。だからこそ、体育の優先順位がもう少し上がれば、より生きやすい社会につながるのではないかと感じました。
そして、今回の研修を通して最も強く感じたのは「共存」「共生」という視点でした。それぞれの国の方針や体育のあり方のどちらにおいても、多様な立場や状況にある人々が共に認め合い、共に生きていくことが、これからますます重要になっていくのだと思います。

2. 知ることから始まる世界
Q. 教師海外研修での経験は、先生ご自身の生徒への関わり方や教育観に、どのような影響を与えましたか?
いろんな人がいて、いろんな考え方がある。それを知るだけでなく認め合い、関わり合えることが大事だと思うようになりました。ただ、そこに一歩踏み出すのは簡単なことではありません。
ここ数年クラスを持っていて感じるのは、コロナ禍の影響もあるのか、生徒たちがどこか淡白で、「私は私、あなたはあなた」というスタンスが強いことです。冷たいわけではないけれど、他人にあまり踏み込まない。もう少し交わり合えたらいいのに、とずっと感じていました。
そんな中、教師海外研修で印象的だったのが、ネパールの方々が「昔JICAの人に助けてもらったから、今の自分たちがいる」と語っていたことです。私自身はその歴史を知らなかったのですが、知ることで、その人たちへの関わり方や考え方が変わっていく自分に気づきました。文化やその人がどう生きてきたかを知ることを通して、「これから他人とこんな風に関わっていきたい」と思えるようになったのです。相手を知ることは、相手にとっても自分にとっても良いことがあるということを、生徒たちにも伝えていきたいと感じ、道徳や総合的な学習の時間で授業を実践しました。この「知って、認め合って、関わり合う」という視点は、実は体育の授業づくりにも通じるものがあると感じています。

▶︎ 垣内先生の授業実践の詳細はこちら(2025年度JICA中部 教師海外研修報告書 47〜54ページ)
3. 体育がひらく国際理解教育/開発教育の可能性
Q. 保健体育科には、身体性や競争性、協力性など、他教科とは異なる特性があります。そうした特性は、国際理解教育/開発教育の学びとどのように結びつくと感じていますか。
体育の授業は、種目によって得意不得意がはっきり入れ替わるので、技能の差がクラスの中でとても可視化されやすい教科だと感じています。今は男女共習が基本なので、得意な子も苦手な子も、経験のある子もない子も、同じ場で一緒に活動します。だからこそ、「共存」「共生」していくことがすごく大事になってくると感じています。
例えば、バレーボールで力いっぱいスパイクを打つことがいいわけではありません。速すぎると「怖い」と感じてしまい、みんなが楽しめなくなってしまう。だからこそ、力加減も含めて、みんなが安心して参加できる工夫が必要です。
学校ではニュースポーツの導入にも力を入れています。バスケやサッカーのように、部活動をしている子だけが活躍できる種目ではなく、みんなが初めてを体験できる競技を選ぶようにしています。最近取り組んだチュックボールは、跳ね返るネットにボールを当てて得点を競うハンドボールの派生競技で、接触プレーが禁止されているので安全に楽しめますし、頭を使って作戦を立てる面白さがあります。他にも、ボッチャやフロアカーリング、セストボールやプレルボールなど、様々な競技を取り入れています。技能ではなく、仲間との関わりや頭を使う面白さにフォーカスできるので、普段あまり話さない子も、自然と声をかけ合うようになります。

ルールも、できるだけ生徒たち自身に考えさせるようにしています。「みんなが楽しめるルールって、どんなものだと思う?」と聞くと、「ボールを持ったら歩けないようにした方がいい」「シュートの前に全員がボールに触ってからじゃないとダメにしよう」といったアイデアが出てきます。それを実際にやってみて、「ボールが全然動かなかった」となれば、「じゃあボールが怖いのかな?」と一緒に考え、道具そのものを見直すこともあります。今はスマイルボールという、バスケットボールと同じ大きさでも柔らかい素材のボールや、バレーボールでも痛くない素材のボールがあります。生徒たちが実際に使ってみて、「思ったよりパスが飛ばない」と気づけば、またルールを見直す。ルールも道具も競技のあり方も、誰か一人に合わせるのではなく、みんなで試行錯誤しながら作っていく。この積み重ねこそが、多様な立場の人が共に生きる社会のあり方と重なっていると感じています。
4. 保健体育の挑戦 ―ウェルビーイングとスポーツの起源
Q. 今後、保健体育や国際理解教育/開発教育の分野で取り組んでいきたいことや、挑戦してみたいことはありますか。
今後は保健の分野で、開発教育の視点を取り入れた授業に挑戦してみたいと思っています。ネパールでの経験を通して、衛生環境や医療制度が十分に整っている日本の環境が、決して当たり前ではないと実感しました。保健の授業では、住んでいる環境によって病気になりやすさが変わってくるという話がありますが、日本は保健の制度がとても整っている国です。だからといって「日本がいい」という話にしたいわけではなく、世界にはさまざまな環境や制度があるということを知った上で、これから世界にとってどんなことが大事になっていくのかを、SDGsとも絡めながら考える授業をしたいと思っています。
また、最近は保健の授業にも探究活動を取り入れるようにしています。ウェルビーイング、つまり「よりよく生きる」という視点は、世界共通の大きなテーマだと思うので、こうした探究的な学びの中で、開発教育や国際理解教育の視点も広げていけたらと考えています。最近は、不健康な生活習慣の例をいくつか挙げて、「よりよく生きていくために大事なことを探究してみよう」という活動をやってみました。調べてもいいし、自分で実験してもいいし、誰かにインタビューしてもいい。生徒自身によりよく生きるための道筋を探究させていく授業を行いました。保健はこうした学びととても相性がいいと感じているので、これも今後チャレンジしていきたいことの一つです。
体育の授業では、スポーツの起源を知る学びを取り入れたいです。今、たくさんのニュースポーツに取り組んでいますが、それぞれがどんな国や地域で、どんな背景から生まれたのかを知ることは、そのスポーツを通してその土地の文化や暮らしを知ることでもあると思います。起源を知った上でルールを考えると、子供たちの視点ももっと広がると考えています。文化や成り立ちを知ることで、そのスポーツ本来の面白さにも気づけるのではないでしょうか。
5. 愛知・名古屋 アジア競技大会・アジアパラ競技大会への期待
Q. 来月から愛知県で開催されるアジア競技大会・アジアパラ競技大会が、子どもたちにどのような学びの機会になってほしいと考えていますか。
物理的に近い場所で開催されることで、感じ方はまったく違ってくると思います。ありがたいことに、学校でも実際に会場へ観戦に行く機会があります。テレビで見ると、どうしても「日本頑張れ!」という応援の視点になりがちですが、たとえその国自体に特別な興味がなくても、スポーツをきっかけに「この国ってどこだろう」と調べてみたり、関心が広がったりしていくのではないかと思っています。
文化が違っても、同じ競技に真剣に取り組んでいるという点では同じだと気づけることも、生徒たちにとって大きな学びになるはずです。少し遠い存在に感じていた国や文化を、身近に感じられるいい機会になるのではないでしょうか。今回のアジア競技大会・アジアパラ競技大会を通して、そうした気づきが生まれてくれたら嬉しいです。
語り手

垣内 望花 先生
愛知県小牧市立味岡中学校 教諭
2025年度JICA中部 教師海外研修参加者
JICAの取り組みのご紹介
▶︎ スポーツと開発
スポーツと開発の分野におけるJICAの国際協力を解説するとともに、スポーツ振興や人材育成など、スポーツを通じて人々の健康と平和な社会に資する取り組みを掲載しています。
編集後記
体育は体を動かす技能を身につける教科であるだけでなく、多様な人と関わり、互いを認め合いながら共に学ぶ場でもあるのだと改めて感じました。まもなく開催される愛知・名古屋アジア競技大会・アジアパラ競技大会は、世界の多様な人々や文化に触れる絶好の機会です。競技の勝敗だけでなく、その背景にある国や地域、人々の暮らしや文化にも目を向けることで、子どもたちの学びはさらに広がっていくのではないでしょうか。
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